献金について(その4)

-自由が生命、強制は死-

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■ 献金について(その4) -自由が生命、強制は死-

信徒を訓練し、伝道・奉仕に励ませ、教会を成長させるという方策は、私たちの教会では成功しなかった。

私たち夫婦が学んだ神学は、徹底的に愛の自由、愛の勝利の神学だったから、「力を用いると愛は死ぬ」という考え方だった。何度も何度も書いたり語ったりして来たように、私たちの宗教は「自発性の宗教」である。だから、牧師たちが一生懸命にやっていれば、皆さんは必ずすすんで助けて下さる、と信じていた。そして、実際に無理なく、喜んで楽しんで、自発的に教会員もふえていったと思う。そのころはいつも貧しく、年会に上京するのも夜行の普通列車だったが、世の中全体が貧しかったので、貧乏意識はまったくなかった。