献金について(その18)

-神の恵みに応えて-

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■ 献金について(その18) -神の恵みに応えて-

献金について長いこと書きましたが、暫く休んでしまいました。あと数回書かせて頂きます。

このシリーズの初めの頃に書きましたが、私達は教会員の皆さんに「献金」「献金」と言うのが嫌で、献金のことは殆ど言わずに来ました。

28年前に前任教会を辞任して、出汐町で開拓伝道を始めた時も、献金で生活するのは嫌だから働きに行って、献金は全て伝道費と不動産購入に充てました。それが正解だったと思います。K兄姉の献品として、今の講壇の辺り160余坪を与えられたのをきっかけとして、周囲を次々と借入金で購入し現在地を入手しました。礼拝堂、牧師館、教育館、オルガン、駐車場、ついには「輝き」の土地まで借入金で買いました。

私達も働きに行ったのは3年半で、あとは皆さんの献金で伝道牧会に専念させて頂くことができ、借入金も殆ど返済することができました。

旧約時代の「十分の一献金」は義務的律法で、それをしないのは神のものを盗むことになる(マラキ書 3)とさえ言われました。これは宗教税で、その他王国を支える税もあったようです。

新約は神の恵みにこたえる「恵みの業」です。Ⅱコリント人への手紙 8~9章がその答えです。必ずお読み下さい。その自発の愛の献金で、この教会は全部支えられてきました。そして、喜んで教会を支えて下さった方が祝されています。